2014年10月14日火曜日

停滞とアナーキーのはざまに



停滞と

アナーキーのはざまに



 「エルヴィス・プレスリーがいなかったら、我々はパティ・ペイジと訣別することはできなかっただろう」という有名な言葉がアメリカにある。

ジョン・レノンは「エルヴィスがいなかったらビートルズはなかった」と言い、ポール・マッカートニーは「われわれは遂にエルヴィスを超えることができなかった」と言った。

それは先駆者としての
エルヴィス・プレスリーを賞賛する言葉だが、身震いするほど凄いのは、人種差別問題が激化した時代に黒人のフィーリングで歌い、エキセントリックに下半身を動かす独特のアクションで「テレビ時代の始まりのテレビ」に登場したことだ。
この状況を想像するだけで、全身に震えが走る。(風邪をひいているわけではなく。)





白人と黒人が同じバスに乗ったのは
エルヴィス・プレスリーが全米に大ブームを起こした
6年後の出来事なのだ





1896年、アメリカ最高裁が下した「分離すれども平等」
という考え方は人種差別待遇は憲法に違反しないと判決を下した。
この判決によって白人と黒人が同じバスに乗ったり、学校へ行ったり、レストランで食事したりすることができなかった。
1954年に歌手としてエルヴィス・プレスリーは黒人の歌をレコーディングしているが、この年には「ブラウン裁判」が行われる。




カンザス州に住む黒人ブラウンは自分の娘を近所の小学校に入れたいと願ったが、白人学校という理由で拒否されたことで、教育委員会を相手どって起こした裁判のことだ。

実際には黒人組織NAACPが白人社会に叩き付けた闘争といえるこの裁判は、最高裁に持ち込まれる。



全米が固唾を飲んで注目した判決の行方は、事実上まやかしだった「分離すれども平等」の判決を覆すという歴史的な結果となった。





しかし、この判決に不満をもつ白人感情は激しい闘争にエスカレート。


KKKの黒人リンチ事件が相次いで発生するようになり、陽気なアメリカ人の暗い影の部分が浮き彫りになる。

1963年8月28日、黒人の公民権運動のために「私には夢がある」と訴え全米の黒人の心をひとつに束ねたマーティン・ルーサー・キング牧師率いる20万人のデモ行進がワシントンで行われる。
やがてその抗議は全米で黒人暴動という形で広がった。



米ソ冷戦、ベトナム、国内外に問題を抱えたまま、3ヶ月後にフロンティアスピリットを訴えたジョン・F・ケネディ大統領暗殺事件が発生。

さらに2年後の65年にハーレムでマルコムX暗殺、その4年後、北アイルランドで公民権運動が起こる。



ロックンロールによって


爆破された壁の向こうに。 



1956年に起こったエルヴィスのヒットチャート独占による衝撃は自由なアメリカ社会においても当時は尋常ではなかった。

「白人女子を汚らしい黒人文化で汚すのか」「卑猥で下劣だ」という抗議が相次ぐなか、エルヴィスのクリスマス・ソングを放送したとしてディスク・ジョッキーがラジオ局から一方的に解雇され裁判沙汰になっている。

1950年代のアメリカは建国以来のピューリタン的なマインドが薄れていくにつれ、価値観に変化が起こりはじめ、社会不安が強まる傾向にあった。

既成の倫理のほころびを最も強く感じていたのは若い世代そしてマイノリティだった。



「怒れる若者たち」は存在したものの、現代の若者文化の原形が完成したのは1956年のロックンロールの発火によるものだ。

エルヴィスが持ち込んだ「危ない音」によって爆破された危ない時代の崩れた壁の向こうに、人々が見たこともない世界が存在していた。


こうして始まったロックンロール旋風は、若者を大人たちの既成の価値観から、女性を権力の拘束から解放し、黒人音楽のリズムに潜んでいる「乾いた性」を白人社会の抑圧された湿った性に突き付け解放する方向へ押し進める力となる。

米英のレコード売上倍増に始まり、ファッション、音楽、セックス、車(バイク)がワンセットになった若者文化の誕生した。

それはまさしく戦後の停滞とアナーキーのはざまに咲いた「ポップカルチャー」誕生の瞬間だった。





もともとは経済用語として誕生したティーンエージャーという概念が、一般化する。


ティーンエージャーはギルバート・ティーンエイジ・サービスという市場調査会社が15歳~19歳の市場が経済にあたえる影響力の大きさを1945年に提言した際に使用した造語だった。


要するにエルヴィス以前に「ポップカルチャー」というものは存在しなかったのだ。


そしてそのインパクトが世界を駆け巡り、収穫逓増の原理が働くのに多くの時間を必要としなかった。


「エルヴィス以前には、なにもなかった」

「エルヴィスがアメリ文化を変えた」という伝説が生まれたのはそのためだ。




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